感情と向き合う

同情が生きがい!代理ミュンヒハウゼン症候群が引き起こした悲しき事件

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全米を感動させた、母の献身の物語。

白血病と筋ジストロフィーに侵された娘を献身的に看病するシングルマザー。母と娘の必至の闘病生活。2005年、必死に生き抜く親子の物語がメディアにも取り上げられ、全米を感動させました。

娘であるジプシーは、白血病と筋ジストロフィーという難病のほかにも、知的障害もあり、知能は7歳レベル。車イス生活を送っており、食事も流動食から摂っていました。

シングルマザーの母・ディーディーは、この娘・ジプシーを愛し、苦難を乗り越えようとしている……。

全米から様々な支援が寄せられ(中には一軒家までも!!)、↓のような写真ととともに母子は、幸せを手に入れました。

めでたし、めでたし……!!

写真左がディーディー/右がデイジー

引用:ニコニコニュース

……とは、行きませんでした。

母は、悲劇のヒロインになりたかった……。

メディアに取り上げられてから、10年後の2015年。母であるディーディーが死亡します。しかし、病死ではありません。何者かに殺害されてしまったのです。

そして、犯人は、逮捕されました。

その犯人は、なんとデイジーの恋人! そして…デイジー本人も、逮捕されたのです。

周囲も、そしてジプシー自身も病気だと信じ込んでいたのですが、実は、ジプシーは健康体。病気になど一切かかっていなかったのです。

それを知ったジプシーが、母の支配から逃れるため、恋人に殺人を依頼したのです。

罪を犯したジプシーとその恋人・ニコラスは逮捕されます。

しかし、刑務所でインタビューを受けたジプシーは、こう答えたと言います。

ジプシーは「母と暮らしていた時よりも今の方が自由を感じる」と話していました。

「病気」と信じ込ませた実母を殺害した娘の悲しき復讐劇

この悲劇の復讐劇(ディーディーとジプシーの事件)ですが、huluにて『THE ACT』としてオリジナルドラマ化されました。その予告編です(残念ですが、2020年4月28日現在、日本語(吹き替え/字幕)での公開はされていません)。

この事件は、いったい何だったのか? 注目を集めることで特別であろうとする、代理ミュンヘヒハウゼン症候群。

母親・ディーディーの異常ともいえるこれらの行動。これらは、代理ミュンヒハウゼン症候群とよばれています。似た名前の、ミュンヒハウゼン症候群とは、対象が「他人」か「自分」かの違いです。

ミュンヒハウゼン症候群

周囲の関心や同情を引くために病気を装ったり、自らの体を傷付けたりするといった行動が見られる。

虚偽の病気に罹患している対象について、患者自身であるミュンヒハウゼン症候群と、近親者(母親の子供に対するケースが多いが、配偶者などのケースもある)を病気に仕立て上げる、代理ミュンヒハウゼン症候群の2種類が存在する。

患者は怪我や病気という口実を利用して周囲の人間関係を操作することを目的にして、同情をかったり、懸命に病気と闘っている姿をことさらにアピールする。

ミュンヒハウゼン症候群(Wikipedia)

  • 努力をして自分の才能を開花させ、結果として注目される、のではなく
  • 安直に自分(や他人)を傷つけることで同情を引く行動

に出てしまう病的な状態を言います。

「特別」でありたかった。…でも、普通であることと、無能であることを混同してはいけない。

母親・ディーディーは、殺害されてしまいました。なので、彼女の想いを知ることはできません。しかし、彼女のやり方で感情を満たす方法は、失敗に終わりました。

彼女は、普通であり平凡であることに耐えられなかったのではないでしょうか?

『嫌われる勇気』では、後半で、幸せになるために、「特別」でありたい"青年"と「特別」である必要はないと説く"哲人"が意見を闘わせます。

哲人 普通を「拒絶」するあなたは、おそらく「普通であること」を「無能であること」と同義で捉えているのでしょう。普通であることとは、無能なのではありません。わざわざ自らの優越性を誇示する必要などないのです。

(中略)

青年 わたしが平々凡々とした生涯を送り、なんの記録にも残らず、誰の記憶にも残らない無益な人生を過ごしたとしても…(中略)。冗談じゃない。そんな人生、いますぐ打ち捨ててやる!

『嫌われる勇気』p261

 

普通であることと、無能であることは違う、とは言っても、それでも普通ではなく、有能でありたいと思うかもしれません。焦りを感じるかもしれません。

それでも、私たちは、「今」を生きることしかできません。自分が感じる平凡で凡庸な「今日」であったとしても、「今日」を生きることしかできません。

平凡で凡庸な「今日」をどう過ごすか、でしか将来にはつながりません。

これは、私たちにも当てはまる。

母親・ディーディーの行動は、娘に殺害(教唆)される、という悲劇につながりました。

ただし「(代理)ミュンヒハウゼン症候群」と病名が付くまでの状態ではないとしても、私たちにも、同じような気分になるときはないでしょうか?

  • 誰かから、必要とされたい。
  • 誰かに、認められたい。
  • 誰かに、注目してほしい。 ……などなど

そんな時、私たちは、自分を傷つける(もしくは、誰かを傷つける)ことで、他人の注目を集めようとすることがあるのではないでしょうか?

一時的には、誰かの注目を集めることができるかもしれません。それが避難であったとしても、無視されるよりはいい、そう感じてしまうかもしれません。ただし、その先に待っているのは、同情や注目への抑えがたい中毒、そして依存です。長期的には、何の解決にもならない安直な戦略。

もしより良い充実した未来を手に入れたいのなら、流されそうになった時、踏みとどまることが必要になってきます。

まずは、どんな時に私たちが流されそうになるのか、一緒に知ることから始めてみませんか?

★今日の試してみたいことメモ★

  1. 自分(もしくは他人)を傷つけ、注目や同情を集めたくなる瞬間はあるか?
  2. もしあるとするなら、どんな時か?
  3. 次に自分(もしくは他人)を傷つけたくなる瞬間に気づけるよう、気持ちの準備をしておく。

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